Jamais vu

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共感覚とは5感どうしをつなぐ力。誰でもできる共感覚の高めかた。

   

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共感覚というものがある。共感覚を持つ人は共感覚者と呼ばれる。

数字に色がついて見えたり、色から音を感じたり、音から匂いを感じるような人たちのことだ。この人たちは想像で数字に色をつけているわけではなく、数字をみるとそれが即座に色とつながるようだ。

共感覚者について研究した本は色々とあるので、もし興味があれば読んでみてほしい。

共感覚者の驚くべき日常―形を味​わう人、色を聴く人
共感覚という神秘的な世界-言葉​に色を見る人、音楽に虹を見る人
脳のなかの幽霊 (角川21世紀叢書)

共感覚者についての話も面白いのだけど、今日はだれにでもできる共感覚の高め方について書く。

共感覚は特別なものではない

共感覚は特別な人だけのものなのだろうか?

そんなことはない。ぼくは、特別な人でなくても共感覚を使っているし、共感覚を高めていくことができると考えている。

たとえば塩顔/醤油顔という言葉がある。塩顔の人は顔の凹凸がそれほど激しくなく、二重や彫りも深くない。醤油顔の人は顔の凹凸が強く、二重や彫りが深い。

そういう種類の顔のことが『塩』と『醤油』という味覚で伝わるというのはよく考えると不思議なことだ。

目と舌がつながる

塩はあっさりしており、醤油は濃い。という味の話と、顔の凹凸という見た目の話が、どこかでつながっている。

これは味覚と視覚がつながっているということだ。これこそ共感覚ではないか。

ほとんどの人が、塩顔/醤油顔で説明されれば、この感覚を共有できると思う。

顔には様々な種類があって、そのなかに『あっさりした顔』と感じられるものと、『濃い顔』と感じられるものがある。

そしてその『あっさり』という感覚を媒介に、それを『塩』とつなげてしまう。『濃い』という感覚を媒介に『醤油』とつなげてしまう。それは誰にでもできるのだ。

『感覚』が5感をつなぐ

これは、5感は『感覚』という共通言語によって繋ぐことができるということだ。

『顔のかたちから受ける感覚』と『ラーメンの味から受ける感覚』をつなぐことができる。

これは実はかなり不思議なことだ。顔のかたちを観るのは目で、ラーメンの味を感じるのは舌なのに、それぞれの信号をつなぐことができる。その仲立ちとして『感覚』はある。

それではこの共感覚をどうしたら高めていけるだろう。

共感覚の高めかた

まずは、日常的に共感覚をつかっていることに気づくといい。誰かに会ったときに、冷たい人だ。と感じたら、それは共感覚だ。その人に触ってみたら冷たかったわけではないと思う。だからその人の立ち振る舞いや言動からなにか冷たさを感じたわけだ。

それは視覚や聴覚と触覚が『冷たい』という感覚でつなげられたということだ。

この例でわかるかもしれないけれど、ぼくは「○○のような××」という比喩がほとんど共感覚に思える。

日常のなかの感覚に気づく

人は生きている間中ずっと『感覚』を感じつづけている。歩道を歩いているときも、オフィスでパソコンに向かっているときも、ソファでリラックスしているときも、もちろん自然の中にいるときも、映画を観ているときだってそうだ。

ただオフィスで仕事をしているときには、森の中にいるときと同じようには、『感覚』を感じられていないだろう。

ひとつ面白いのは、駅まで歩いているときとか、働いているとき、料理しているときなどの、ふとした瞬間に、自分の感覚をつかまえてみることだ。

温泉に入っているとき、散歩をしながらぼーっとしているとき、ソファでだらんとしているとき。そういうときには、自分の身体は『感覚』に意識が向きやすい。

駅まで歩いているときにも、温泉の中にいるときのような感じで、感覚に意識を向けてみると感覚を細やかに感じられるようになっていく。

感覚を細やかにとらえる

感覚をいろいろな場面で意識できるようになると、それらの感覚が自然につながるようになってくる。たとえば、あの曲のような感じの料理だ、とか、あの料理のような講座だ、とか、あの風景のような音楽だ、とか。

日々のなかで細やかに感覚をとらえられるようになってくると、だんだんとそれらがつながるようになってくるし、感覚の多様さが楽しくもなってくる。

共感覚とは

共感覚は特別な人だけに備わっているものではなく、塩顔と醤油顔の感覚がわかるように、ほとんどの人に備わっている。

共感覚者と呼ばれる人たちは感覚と感覚のつながり方がより直接的なだけだ。色を見た瞬間に、それを「あの感覚みたい」と感じるのではなく、直接的に音として経験する。

多くの人はそこまで直接的に共感覚をおぼえるわけではないけれど、でも、視覚と聴覚、聴覚と味覚、味覚と触覚などを『感覚』を使ってつなぐことができる。それをもっと楽しむためにできるのは、日常の細やかな『感覚』に目をむけていくことだ。