Jamais vu

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人はなぜ働くのか。感情労働について。

   

人はなぜ働くのか。

それは

自分のためだけに生きているとむなしくなるようにできているからではないか。

ほとんどの人のなかには

「人のためになにかしたい」という心がセットされている。

そうすることで

自分が生きている意味を感じられるように。

 

それを強く感じる人もいれば、弱く感じる人もいるだろう。

強く感じる人の中には、

「人のためになにかしなければ!」と過剰に思ってしまって苦しい人もいるかもしれないし、

弱く感じたり、感じない人のなかには

「自分が好きなことだけをしていれば幸せになれる」と思いすぎている場合もあるかもしれない。

 

どれが正しい/間違っているというのではない。

人はなぜ働くのかといえば、

その

「自分のため」

「人のため」

をちょうど良い塩梅で果たせるからなのではないか。

 

うえにも書いたように、

「自分のため」になりすぎても、

「人のため」になりすぎても、

なにやらすっきりしない。

だからといってすっきりすることが目的というのでもない。

それに、そのバランスがちょうどよくなることなどないのだろう。

 

とにかく、

人には「他者のためになにかすること」で満たされる気持ちがある。

それは「働く」という営みが存在する1つの意味になるだろう。

 

それって廻り回って「自分のため」じゃんという反論があるだろうけれど、

それを言ってしまうと、すべてが「自分のため」になる。

 

すべての行動を「自分のため」だと指摘する事もできるし、

反対に、

すべての行動を「人のため」「種のため」と言う事もできてしまうのだ。

 

それならどう考えたらいいのか?

ぼくにも明瞭にはわからない。

ただ、「気持ちが向かうベクトル」は確かなものだと思う。

「なにか自分にできないか」

そんな気持ちが自分のなかにあるのなら、

それは本物だ。誰も否定できない。

 

人はなぜ働くのか。

それは「働く」という形が、人を満たすからだ。

本来的には、お金は『働く』ことと関係なかったのではないか。

「他者のためになにかする。」

「ありがとうと言われる。」

「心が満たされる。」

とか

「自分のためにも他者のためにも納得のいくものをつくる」

「おれにもつくってと言われる。」

「ありがとうと言われる。」

「またつくろうと思う。」

とか

そのような『気持ち』の循環が

「働く」ことによって

回りやすいのではないかな。

 

現代人はそれを遠くの薮へと投げた。

だから「人はなぜ働くのか」という質問が出る。

 

コンビニに行く、

100円ショップに行く、

ファストフード店に行く。

丁寧さは感じる。

それはわたしたちが客だからだ。

ただそこから気持ちは感じずらい。

 

病院もそうだし、新幹線でも、最近は飛行機でもそうだ。

人はお客である。

コンベアで運ばれてくるお客だ。

 

お客には丁寧にしなければならない。

それも含めて商品だから。

それでリピーターになってもらえるから。口コミをしてもらえるから。

 

『気持ち』の交換ではなく、

「サービス」と「お金」の交換なのである。

『気持ち』は薄い。

 

サービス側とお客側のどちらから始まったのかは分からない。

が、相互にわたしたちは教育し合っている。

気持ちをなくすことを。

そういう社会だと思う。

 

サービス側はあくまで商品を与える。

お客はそれをただ享受する。

そういう関係性。

 

人はなぜ働くのか。

その疑問は自然だ。

まわりのどこを見ても、それを見せてくれない。

どこで働いてみても、それは見出せないから。

 

ほんのわずか、

フリーマーケットや

いくつかのカフェ、

フリーランスの人たちや

小さくものづくりをしている人たち。

そういう人たちのなかにしか

『気持ち』を含んだ交換は見つけられない。

 

いや、そういう人たちのところに行けば

『気持ち』を含んだ交換を見つけられる。

まだまだ目を凝らせば出会える。

人はなぜ働くのか。

そう疑問に思ったら、

気の赴くままにぶらぶら歩いてみて、

あたたかくなるような買い物をしてみたらいい。

 

損得を考えてお金をつかうのではなく、

『気持ち』の交換を感じて、買うという行為をするのだ。

そこに答えはある。

 

つくり手の顔が見えたり、

売り手が柔らかく紹介してくれるようなものを買うのはいいものだ。

人間が生きているという感じ。

人間らしさ。

感情。

そのようなものたちがそこにはある。

 

自分もそんな働きがしたいと思う。

現代人は無意識に『気持ち』や『感情』に飢えている。

そのニーズに答えようというのではない。

そうしたいと思う。

理由はない。

 

人はなぜ働くのか。

そう考えながら働く人がぼくは好きだ。

自分が生み出すものに正直な人だと思う。