Jamais vu

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自分の価値を日々のなかで発見していく方法。価値とは差異。

      2017/03/15

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自分の価値がわからない。自分には価値がないという相談がある。ぼくには「自分の価値」という言葉の意味が最初よくわからなかった。ただたしかに「存在価値」という言葉は聞いたことがあるので、おそらくそれに近い意味なのだろうと思う。

ぼくは「自分の価値」という言葉の一般的な意味を知らないので、ぼくなりに「自分」とその「価値」について細やかに書いてみたい。

そうすることで「自分の価値」っていったいなんなのか、どうやったらそれを知ることができるのか、それを高めるには?といったことがわかってくるだろう。

価値

価値とはなんだろう。価値とは、他との差異のことだ。

人それぞれなにに価値を感じるかは違っている。やぶれたジーンズに価値を感じる人もいれば、やぶれてるじゃないと言ってそれを縫ってしまう人もいる。便器をオブジェとして高額で買う人もいれば、なにそれただの便器じゃんと感じる人もいる。カレーは辛いのが好きな人もいれば、甘いのが好きな人もいる。ドラマは先が想像できるものが好きな人がいれば、先が見えないものが好きな人もいる。

仕事は給与が高いことに価値を置く人もいれば、自分の納得いくものがつくれることに価値を置く人もいれば、ライフスタイルに会う働き方を望む人もいる。

そうやって、人それぞれなにに価値を感じるかは異なる。

ただ同じなのは「違い」に重み付けをしていることだ。

「違い」(差異)がなければ、そこに「価値」は生まれない。なにかが違うからこそ、人は比べて、どちらが自分にとって価値あるものなのかを判断できる。

差異を知らなくては価値はわからない

それは「違い」をしらないと、「価値」を判断できないということだ。

もし自分の価値を詳しく特定したければ、自分と他者との「差異」を具体的に知る必要がある。

他者とつきあわないと違いはわからない

他者と自分の違いはどのようなところに現れるのだろう。人付き合いの仕方、言葉の選び方、雰囲気、歩き方、箸の使い方、好きなもの、苦手なもの、時間の使い方、異性との接し方、体調、気分のあがりさがり、気遣いの量などだろうか。

自分の価値=自分と他者との差異について、いくらひとりで考えてもわからない。他者とつきあうなかでしか、それを特定することはできない。

だから、めんどうかもしれないが、いろんな人と会って話をすることだ。この人はどのように感じるのか。どのような場面でどのような状態になるのか。そういうことを観察していく。そして自分はどう見えるのか、もし話してくれる相手がいれば、よく話を聞いてみることだ。

どのようにして差異はうまれるか

ではそれらの差異はどうやって生まれたのか?それについて考えてみよう。それが自分の差異=自分の価値を生んでいる。

全員が他の人との差異をもっていて、その差異を高めていくことができる。

どうやってその差異が生じたのかわかると、このあとのそれを利用していくことができる。

生まれかた

自分がどのような形で生み出されたされたかによって、人の差異は生まれる。

脳の差異

まず脳の差異というのがある。脳の構造は全員異なっている。脳機能はだいたい同じであるように見えるので、脳の形は全員違うということを忘れがちだけれど、人の脳は、お母さんのお腹のなかで、アナログに、木が生える(それより複雑な過程で)ように、生成されてくる。

だから人は違って当然だ。

その脳の傾向というのがあって、1つのことにのめり込むことができる人、対称にいろんなことをやりたがる人、躁鬱が激しい人、比較的安定している人、外向的な傾向の人、内向的な傾向をもつ人。

最近ではこれらの傾向も脳の構造で説明できるようになってきているそうだ。

身体の差異

脳も身体なので、同じような話になるが、身体だって人それぞれ異なる。リンパの流れ、心臓の動きやすさ。血管の流れ、筋肉の尽きやすさ、消化の良さ、抗体のつよさ、皮膚の強さ、骨の強さ、などなど。

これはあまり言われていないことだけれど、ぼくは人は生まれながらの身体の状態に、大きく影響をうけると思っている。

たとえば、皮膚が敏感な人は、細やかなことに気付きやすく、自覚する力が高かったりする。一方で神経質と言えるところもあるかもしれない。皮膚というのは、身体全体をおおっていて、皮膚の疾患は人に自分を意識させる。

このように人は自分の身体がもつ人とは違う疾患(=差異)に正確や得意なこと、苦手なことを形成される。

環境

あたりまえのことかもしれないけれど、どのような場所でどのように育ったかは人の差異をつくる。

土地

生まれた場所。育った場所というのは、人の多大な影響を与える。ぼくは日本の埼玉で長く育った。日本は四季があり、かなり気圧の上下がはげしい。

コロラド州のボルダーというところに1年間住んでいたことがある。そこは標高が非常に高く。年間300日晴天の場所で、冬は腰ほどまで雪が積もる。空気が非常に住んでいて気持ちの良い場所だ。マラソンのトレーニング地としてよく使われている。

ここで育ったら、異なる性格になっただろうと容易に感じられた。

やはり、南国と北欧のような場所では人の傾向に差異がうまれるだろう。それは日本のなかの違う土地であってもそうだと言える。

沖縄はもちろん雰囲気が違うし、岡山もかなり違う。大阪と東京だってだいぶ人との接し方が異なる。

両親/家族

これは当たり前のことかもしれないが、家族の影響は大きい。ぼくは数年前、悩んでいた時期に、祖母の家を訪ねたことがあった。祖母がいつものようにテレビに向かって文句を言っていた。それがぼくは小さいころから嫌いだった。

でも、ちょっと待てよ、と思った。自分はどうなんだ?と。
よくよく思い返してみると、テレビにではなくても、同じことを自分はしていたのだ。そしてそれは母親も同じだ、ということに気づいた。

これが家系なのかもしれないと思った瞬間だった。癖や人付き合いの仕方というのは、DNAではなく、日々の生活のなかで感染していくのだ。

教育や触れてきた情報

これもありきたりかもしれない。親の教え方、学校の風土、メディアの傾向。そういったものによって自分は無意識のうちに形成されてしまう。

価値と身体と環境

人の価値は差異で決まることはわかってもらえたのではないかと思う。人間の差異は、身体の差異と環境の差異から生じる。そして、自分の価値は人と付き合うなかで、人との違いを身をもって知ることでしかつかめないものだ。

でも自分の価値は確実に着実に知っていくことができる。

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