Jamais vu

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成長とはなにか?成長のたった2つの軸。

   

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成長とはなんだろう。成長には2種類しかないとぼくは思う。1つは、技術的な成長。もう1つは、個人的な成長だ。それぞれの成長について詳しく書いていく。

技術的成長とは

技術というのは千差万別、さまざまにある。スポーツもあれば、職人的な手作業もあるし、パソコンの技術、絵描きや音楽のような創造的なものもあれば、対話や人のお世話などの対人的な技術もある、料理だってそうだ、家事だって技術だし、旅も技術かもしれない。

そういった技術が高まったり深まったりしたとき、その人は(技術的に)成長したと呼ばれる。

技術が高まる

技術が高まるとはなんだろう。同じことをより早くできるようになることを技術が高まる、と呼ぶような気がする。陶芸家が粘土をつくるのが早くなる。仕事のレポートをつくるのが早くなる。テニスラケットで打つボールのスピードが速くなる。そんなようなことだ。

技術が高まるには、同じことを効率よく行うための頭脳と身体技術が必要となる。レポートをつくるのも、キーボードで打ったり、マウスで図表を操作したり、印刷の紙をセットしたり、それらをホッチキスでまとめたりと、スポーツとは異なる身体技術を用いている。

これは1つの成長の形だろう。

技術が深まる

技術は深まる、とも言われる。高まるとはなにか違うように思える。深まるとはなんだろう。これは一般的な意見ではないかもしれないけれど、より細やかに物事を観察できるようになることを「技術が深まった」と呼ぶのではないか。たとえば、料理の味をより細やかに調整できるようになること。プレゼンをしていて、聴衆の反応を以前より微細に確認できるようになること。服のバランスを以前より繊細に組み合わせられるようになること。

このような繊細な観察眼、傾聴耳をもつようになっていくことが、技術的な深まりだと感じる。

技術的な成長には「高まる」「深まる」の2つがあって、そのどちらも成長と呼べるものだと思う。

個人的成長とは

それでは【個人的な成長】の方へと話題をうつそう。
人はこれまで自分がした経験を使って生きている。その経験から得た考え方というのをもっていて、その考え方を覆されたとき、人は成長する。

「こうだ!」と信じていたものが、壊れ、新しい認識、新しい考え方をもたなければならなくなったときだ。

そのとき人は前進する。

考え方を覆されるのはなかなか難しい。人に言われたことを受け入れるのはけっこう嫌なものだ。でもそれをうまく消化できたとき【自分が生きていた箱】のなかから飛び出ることができる。

たとえば、無駄なことをするのは時間の無駄だ、と思っていると、なんでも最短距離を選ぼうとすることになる。それは楽な人生・効率の良い人生を、つくりだすかもしれないが、面白おかしい人生・良い人生はつくりださないのではないか。

ぼくはあるときそのことに気づいた。そう思ってからは、自分の思い通りにできることだけでなく、あまり気乗りがしないこと(無駄だと感じること)でも、誘われたらやってみるようにしている。そうしていると面白いのは、どんどん予想外のことが起き、どんどん人とのつながりができ、結果的に生きるのが楽しくなっていくことだ。楽しさを感じる対象は人それぞれだと思うけれど、無駄を楽しめないと凝り固まった人生になるように感じる。

もう1つ書こう。ぼくは長いこと「なんでも計画的に行うべきだ」と考えていた。それは間違っているわけではない。ただ、それではできないこともある。計算せずに「衝動的に動く」ことで得られるものはたくさんあって、その衝動こそが、「楽しさ」の源泉だと言ってもも良いくらいだといまは思う。そう考えるようになると、今度はすべて衝動で動くようになってしまう。それも「こうだ!」と信じる考え方で、すべて衝動で動けば良いというのも違っていて、計画と無計画はバランスよく使うべきなのだといまは考えている。

思い込みがはずれる

こんなふうに、自分が思いこんでいたものが外れると、人はより自由になる。より思い通りに生きることができるようになる。生きる上での選択肢が大きく広がる、と言えばいいのか。

それまではなにごとも計算して行動していた人が、意図的に衝動を使うことができるようになることで、広い意味でどちらも使えるようになり人生の幅が広がる。

これをぼくは個人的な成長と呼びたい。

まわりの人や、昔の偉い人たちに「そんなこと知ってるよ」と言われてしまうようなことでも、その考え方は自分にとって新しいのだ。そんな個人的新発見をすることが、個人的成長だと思う。

個人的成長には、身体が大きくなったり、男性らしくなったり女性らしくなったりするような成長もあるが、それはここでは紹介しない。

成長とは自由に近づくこと

技術的成長と個人的成長のどちらも高め、深めるべきだ、と言いたい訳ではない。音楽製作のスキルを伸ばしつづける人もいれば、数学的思索を深め続ける人もいるだろう。ただ、技術的成長の種類によっては、個人的成長が必要になることがあるのではないかとも思える。特に、対人関係の技術、人に使ってもらうものをつくる技術、などを扱う場合だ。

成長とはなにか。長くなったが、いずれにしても、それはより社会的に自由になること、より自分から自由になること、より思い通りに生きられるようになること、より生き生きと楽しく生きられるようになることなのではないだろうか。