Jamais vu

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なぜ働くのか?と頭をよぎったら助けになる働く理由4選。

      2016/01/07

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なぜ働くのか。そう考えたり、悩む人が増えている実感がある。

それはモノに困っていないからだとぼくは思う。食べ物はスーパーに行けば並んでいる。いつもよりすこし贅沢をすれば、より美味しいものも手に入る。服は安いものでも丈夫で温度管理もしっかりしてくれる。お金を貯めればドレスだって買えないことはない。娯楽だって溢れている。溢れすぎているほどだ。テレビ、インターネット、スマートフォンのゲーム、映画、漫画。どこを観ても娯楽だと言っても過言ではないほどに、わたしたちを楽しませてくれるモノがある。

借金があってとか、家族のせわがあってとか、本当にギリギリな人でない限り、バイトでも(安すぎるとおもうけどそれでも)我慢して積み重ねればそれなりのものが手に入る国に生きている。

そんななかで「なぜ働くのか?」と考える人たちの多くは、無意識下で、「自分がなにかを生む必要があるのだろうか?」「自分は必要なものを生んでいるのだろうか?」と感じているのではないか。ぼくには「なぜ働くのか?」という疑問がおかしなものだとは思えない。むしろ今の時代においてはもつべき疑問であるようにさえ思える。

でも働かなければ生きていけない。もう何十年かすればベーシックインカムなんかの制度が整って、最低限の生活は保証されるようになるかもしれない。まだそれは来ていない。

だから働く意味や理由をみつける必要がある。それをつかめていないと働く時間を不毛なものに感じやすくなってしまうからだ。働く意味や理由について以下に書く。

必要だと信じるものを世に出すため

最初に最も本質的だと思える理由を書いてしまおう。
なにか自分が必要だと思うモノを世の中に出すため/世に問うために「働く」という行為はあるのではないか。

必要だと感じるモノは人それぞれだ。それは自分が必要だと信じられるもので良いのだと思う。

ただ最初にも書いたように、今はモノに満たされている時代で、むかしのように汽車がなかったり、そのための石炭を得る方法が確立されていなかったり、水道がなかったり、冷蔵庫がなかったり、テレビがなかったり、強い家がなかったり、野菜を下ろすルートがなかったりはしない。

先人たちが工夫し、修復し、競争した末に、様々なモノを安定して供給するシステムをつくってくれた。そのおかげで「これが絶対に必要だ!」と人々が共通して思うようなものはもうほぼない。だから昔よりも「必要だと信じられるもの」は見つかりにくくなっている。

ただ、自分が提供したいと思えるものを探しつづけることはできる。働きながら他の時間で好きなことを試してみる。そうやって、自分の仕事に近づいていくことはできる。ぼくもまだ探しつづけている。

スキルのために働く

いまの仕事を違う視点で捉えてみるとおもしろい。以前iPhoneゲームの会社にいたときの同僚に、ゲームの仕事がしたいというより、自分は絵描きだけれど、プログラミングのことを知ることができるだろうと思ってこの会社に入ったという方がいた。

他にも、引っ越しの仕事をしていたときに「この仕事は自分の整体の腕をあげるためにしている」という方もいた。

そういうふうに、自分のスキルを広くのばすために仕事という手段を利用する、というのは、やりたいことがある人にとっては1つの理由になるだろう。仕事でもなければなかなか冷蔵庫ほど重いものをもつ機会はないし、プログラマと会う機会はないものだ。

たとえば営業の仕事をしているとしたら、「もっと営業の腕を磨いて成果をあげたい」と考えるかもしれない。それをもう少し違う視点から、自分は人と接するときどのような状態になるんだろう。どんなふうな仕草で接すると信頼を得られるのだろう。と考えてみる。営業のスキルよりももう少し広く、人付き合いの技術を高めると考えてみる。

ぼくは介護をしたり、コールセンターで働いたり、役者をしてみたりしているけれど、それらはすべてカウンセリングやコーチングにつながると思ってやっている。

たとえやりたいことがなくても、仕事を言われたままの作業と捉えるのではなく、仕事という過程を、違う方向から自分に役立つ道具にしてしまうのは面白い方法だと思う。

規則正しい生活を得るため

ぼくは仕事には機嫌良くすごさせてくれる効果があると思う。仕事がないと、なかなかシャキッとして過ごすことは難しい。仕事が自分のモードをオンに切り替えてくれて、だからこそオフをリラックスして過ごせるという部分がある。

学生時代の長い休みになにもせずだらけてみたことはあるだろうか。ぼくは日本一休みの多い高校に通っていた。そのころは、やりたいことも特になく、知りたいこともなかった。そんな自分はそれはもうだらだらだらだらと夏休みを過ごしていた。そうしていると時間感覚がなくなり、曜日の感覚もなくなり、いつのまにか寝る時間がどんどん遅くなっていって、眠りにつく時間が24時間一周したことがある。

これは大げさな話だけれど、娯楽だけで毎日をすごすと不健康になる傾向がある。多くの仕事は規則正しい生活をくれるのだ。

東洋医学の”養生”という考え方では「人が機嫌良く過ごすためには、『規則正しく生活する』ことが最も重要だ」と言われている。

規則正しい生活を得るために働く、というのはどうだろう。ぼくは派遣で働いていたことがあるけれど、そのときに思いついた理由だ。仕事自体にやりがいはなかったけれど、生活や体調という意味ではありがたいなと考えて働いていた。

お金のため

ありきたりだけど「お金」のために働く。

どんなにモノに溢れていても、どんなに空き家で溢れていても、お金がなければそれを手にすることはできない。だから働く。「お金」はたいてい「時間」と交換で得られるもので「時間」を売れば「お金」はもらえる。

子どもがいたり、親の介護があったり、病気をしたり、そういうことでお金が必要になることもある。やはり、なにかのために備えておくことは必要だろう。ぼくは備えてないけど・・・。

おもしろい時代

おもしろい時代に生きているのだなあと、書いていて改めて思った。仕事という概念がなくなるかもしれない。仕事というものが今思われているような形ではなくなるかもしれない。世界のそんな大きな転機に生きている。自分には何ができるだろう。より面白く生きるにはどんな選択ができるだろう。