Jamais vu

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安心安全時代には「生きている感じ」が失われる

      2016/05/18

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安心で

安全で

清潔で

便利になることが

手放しに肯定される時代だなと思う。

 

たしかにそれらは良いことだろう。

なかなか否定しにくい。

安心できることは子供や弱い人、家族や恋人、友人を守ることになるし、

安全であれば遠くにいる大切な人の心配が少なくてすむだろう。

清潔であることは煩わしい病気を遠ざけることになるし、

便利であることは自由な時間を増やす可能性が高い。

 

これらを正面切って否定することは難しい。

善意から行われるおかしなヒーリングと似ている。

それを否定すれば、否定した本人が悪人になってしまう。

 

では、

安心安全清潔便利にしていくことで引き起こされる

マイナスはないのだろうか?

 

ある。

 

それは

『生きてる!』って感じを

損なうことだ。

『生きてる!」って感じる機会が

減ることだ。

 

生きている実感を持てない人が増えている。

なぜか。

それは安心安全清潔便利だから。

 

安心安全清潔便利な環境では

自己の感覚をつかう必要がない。

自分の感覚を総動員して行うべき事がない。

 

不安なとき人は感覚を使わざるをえない。

危険は感覚を鋭敏にさせる。

ある程度の非清潔さが体力をつくる。

不便さが手足を使う仕事や人との触れ合いを生みだす。

 

それらを排除しようとすることは、

まったくの善なのだろうか?

 

おそらく典型的な日本人が

飲み散らかし、

歌い狂い、

吐いて寝るのは

そうすることでしか生きている実感を得られないからだ。

 

それは仕方のないことかもしれない。

でもあれは美しくない。

美しく生きている感じを味わうためには、

もうそろそろ安心安全清潔便利を求めることから離れることなのではないか。

日々の生活のなかで生きてる感じを得られるために。

 

ぼくは

危険をもとめ

無秩序をもとめ

非効率や無駄をもとめる若者を応援したい。

 

だからといって

戦争のような極端な方向でそれを満たそうとする

人々には呆れる。

日常のなにげない生活のなかに、

「生の実感」を得ることが美しいと思う。