Jamais vu

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生きていてもつまらないのはクリアしたから!?その場でできる人生のゲームレベルをあげる方法。

   

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生きていてもつまらないという相談を受けることがあります。

生きていてもつまらないと感じるのは、その方法で生きることはクリアしたからです。

その生き方には慣れたからなんです。

だれしもクリアしたものや慣れたことをし続けるのはつまらないものですよね。

生きていてもつまらないと感じたときに、新しい日々を得ていくための方法を書いていきます。

生きていてもつまらない

生きていてもつまらないと思うことは、それほどおかしなことではないと思います。

今の時代は、「生きている!」と感じられる機会がすくないものです。それが1つの原因かもしれません。

自然と近い場所で生きていたときほど、人間は「生きている!」という感じをつよく感じていたのではないでしょうか。

それに戦国時代だったらどうでしょう。リスクはありますが、その反面「生きている感じ」は強く感じていたかもしれません。

「生きている感じ」を感じることがすくないと、「生きていてもつまらない」と感じやすくなるに違いありません。

また、非日常的な『刺激』が多くなったことも関係していそうです。

テレビや広告、マンガやゲーム。

そういったものたちは、日常を忘れさせてくれる魔法のような道具です。

それらのものが悪いということではありません。

ただ、それらのものが多くなるほどに「なにげない日常をどう楽しむか」について考える人は少なくなるのではないでしょうか。

「なにげない日常」を楽しむ視点がすくなくなると、日常のなかにいることが「つまらない」と感じやすくなるのではないでしょうか。

生きていてもつまらないのは自然

・『生きている感じ』を感じることが少なくなったこと
・『なにげない日常』を楽しむ視点が少なくなったこと

他にもあるかもしれませんが、いまの時代に『生きていてもつまらない』と感じるのは、わりと自然なことなのではないでしょうか。

つまらないと感じるとき

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なにかをつまらないと感じるときはどういうときでしょうか。

それをゲームにたとえてみましょう。

マリオのようなステージを右方向に進んでいくようなゲームを想像してみてください。

ステージ1-1をクリアしました。ステージ1-2に進みます。

ステージ1-2をクリアしました。ステージ1-3に進みます。

ステージを進んでいくにつれて、ゲームの難易度はあがっていきます。

1-1よりも1-2が、1-2よりも1-3のほうがむずかしく、張り合いのあるステージになっています。

それが例えば、1-5までクリアして、次の1-6ステージが1-1ステージと同じ難易度だったらどうでしょう。

それはつまらないものになるのではないでしょうか。

つまらないのはクリアしたから

つまらないのは、クリアしたからなんです。

クリアしたステージをもういちどやるときに、退屈に感じたり、つまらないと感じたりします。

むずかしいときよりも、簡単すぎるときのほうが、つまらないと感じることは多いんです。

現に、ゲームで負けてしまったときに、「もう一度つづけますか?」という表示がでるときがあります。

ゲームセンターでゲームをしているときだったら、100円を払わなければいけません。

それなのに、人は100円を払うんです。

このように、むずかしいときよりも簡単すぎるときにつまらないと人は感じます。

ゲームレベルをあげる

だから、生きていてもつまらないと感じるなら、【ゲームレベル】をあげることです。

・慣れていない技術を使わなければならないようなステージ
・新しい状態を作ってくれるようなステージ

を自分で用意する必要があります。

ただ、「生きていてもつまらない」と感じているのに、

「新しい仕事をみつけましょう」とか「新しい場所に移動しましょう」と言われても動けないですよね。

ここから、その場でできる方法を書きます。

日々のステージをあげる方法

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それでは、日々のステージをあげる方法についてです。

方法は1つです。

感覚を重ねること。

感覚を重ねる

ひとは感覚を感じつづけて生きています。

目・耳・鼻・肌・舌

どの感覚も感じないというのはできません。

目を閉じてもまっくらなことは感じられます。耳をふさいでも「血管」の音が聞こえます。

いまこの記事を読んでいただいているときにも、どの感覚も開いているはずです。

ただ、人はだいたい1つの感覚に集中して生きています。

この記事を読んでいただいているときには目に集中しているはずです。

感覚を重ねるというのは、そこに耳を重ねてみることです。

いままわりでどんな音がしているでしょうか。

空調の音・車の音・ひとが話している声・木がゆれる音・イヤホンから音楽を聞いているかもしれません

いろいろな音があると思います。

音の中から1つ選んで、その音から決して意識をとぎらすことなく、ここからの文章を読んでみてください。

「おじいさんは川へ身体をあらいに、おばあさんは山へ松茸をとりにいきました。

おじいさんは川で身体をあらっていると、足をすべらせてしまいました。

あらたいへん。

おじいさんはおよげません。

『あ〜え〜』

おじいさんはあっというまに川をながれていきました。」

最後まで、音から意識をとぎらさずに読めましたか?

ずっと他の感覚を意識しつづけてなにかをするというのは、かなりむずかしいものです。

これを日々のなかでしてみると、日々の難易度があがります。

歯磨きをしているとき、会社までの通勤中、買い物をしているときなど。

これは耳だけでなく、肌でも鼻でも舌でもできます。

肌なら、足の裏や、背中などを感じてみるといいでしょう。

こうやって難易度をあげると、日々が新鮮なものになるはずです。

それに、感覚を強めることは「生きている感じ」をも強くしてくれます。

すごいと思えるひとを探す

身もふたもない話になってしまいますが、「生きていてもつまらない」と感じたら、必死で「この人すげえ!」と思える人をさがすことが一番の方法でしょう。

ただ、それは半年や1年でも見つからないかもしれません。

「この人すげえ!」と思える人が見つかると、「生きていてもつまらない」と思えなくなります。

でも見つけるのはむずかしいことですので、

それより簡単でその場でできる方法を紹介しました。

自分の感覚をどんどん重ねていって、日々を新鮮なものにしてみてください。

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Photo credit: S. Hoya via Visual hunt / CC BY-NC-ND