Jamais vu

ことばとからだの情報サイトです。カウンセリングレーベル Jamais vu が運営しています。

*

自分のやりたいことの見つけ方。行動がやりたいことの種を育てる。

      2017/03/15

jump02

自分のやりたいことがわからない。とくに学生さんからそのような相談をうけることが多い。

ぼくも学生時代同じような悩みを持っていた。やりたいことやりたいことやりたいこと。そんなものない。やりたいことなんてないから、あまり嫌な気持ちにならず安定した暮らしができればいいと考えていた。

でも一方で、「やりたいこと」を持っていてそれを楽しんでいる人を見るとうらやましかったのを覚えている。

ぼく自身は結局、「やりたいこと」が見つかったのか?というとそれにはっきりと「はい」とは言えない。いつまでも「やりたいこと」は探しつづけるのではないかと思う。

ただ、学生のころよりも自分の傾向を知るようになってきたことで、大きく自分はこの方向のことに興味があるのではないか、という「おおまかなやりたいこと」は分かってきたような気がする。それに今はたくさんの小さな「やりたいこと」がある。

「やりたいこと」がわからない人が、「やりたいこと」を見つけるまでの方法について書く。

自己分析してもみつからない

まず「自分のやりたいこと」は、家にいても見つからない。家にいていくら自分をみつめても、よくある過去を書き出すみたいなことをしても、それは見つからないはずだ。

「やりたいこと」は頭の中にあるのではなく、行動の、身体感覚の側にあると考えると、見つかりやすいかもしれない。

「やりたいこと」は「身体の動きたい」にある。
「やりたいこと」は「頭の理屈・理由」にない。

頭でなく身体

「やりたいこと」を見つけよう見つけようというより「身体の動きたい」を読みとろうとする感じだ。

「やりたいこと」を見つけようとすると、多くの場合、言語的にそれを発見しようとしてしまう。自分は今までこういうことをやってきたから、とか、子どものころこういうことが好きだったから、とか、先生にこういうところを褒められたから、とか、自己分析の結果こうだから、とか。

それは1つのやりたいこと(と思われるもの)に対する、後付けの理論付け説明でしかない。だれかがつくったものを、その作者の生い立ちから説明しようとする批評のようなものだ。それが正しいのかどうかは誰にもわからないし、その説明はやりたいこととなんの関係もない。

行動がやりたいことをつくる

「やりたいこと」が先にあって、行動にうつす。

という側面と、

「行動」にうつすほどに、「やりたい」が増す。

という側面があって、「自分のやりたいことが見つからない」人は、どちらかというと、「やりたいこと」を確固としたものと考えすぎているのかもしれない。「やりたいこと」というのはかなりぼんやりとしたもので、それを「行動」で補強していく、「行動」で火をくべていく、という感じでイメージするとよいかもしれない。

身体のうごきたいの種類

「身体の動きたい」をつかむといっても、そのなかにもいろんなものがある。

そのなかでも「やりたいこと」をみつけるために有益になりやすいのは、なにかをつくりだす方向か、人と会う方向の「身体の動きたい」をうまくつかむことだ。それがつかめると、「やりたいこと」に少しずつ近づく道に入っていく。
 
たとえば、なにかをつくりたいという「動きたい」をつかめたとする。
そのためには、なにが必要か考える必要がある。道具が必要だ。材料が必要だ。そうやって調べているうちに、「やりたい」は強化されていく。それにそのうちに詳しい人がインターネットやお店でみつかるかもしれない。その人と連絡をとってみると、また「動きたい」が増すかもしれない。

動きたいをつかむ方法

では身体の動きたいをどうやってつかむか?それは身体の声を聴くようにすればよい。

現代は効率をもとめまくる社会だ。だから、最短距離、最安、低コストを無意識に人も求めてしまう。

そうしているうちに、人は脇道に逸れること・遠回りすることをしづらくなっている。

わかりやすいので道で説明しよう。

たとえば、駅までの道のりを駅に行くことを忘れて、自分の行きたいなと思う方向へ、行きたいなと思う方向へ行ってみる。頭でこっちのほうが近いとか考えずに、身体が歩きたいほうに行ってみる。そうすると、駅に着く人もいるかもしれないが、多くの人が、自分にとって行ったことのないところに辿りつくはずだ。

その感覚が「身体の動きたい」をつかむ感じだ。

衝動を使う

他にも、これは女性の方が得意だと思うのだけど、買い物を目的のものだけ買うのではなく、それ以外のものも、衝動で手にとってみる。その衝動が「身体の動きたい」だ。

衝動で今まで会ったことのない人に会いに行き、衝動で今まで買ったことのない道具や材料や本を買ってみる。

その衝動には失敗もあるだろう。

ただその衝動を繰り返しているなかで、いつのまにか、その衝動を貫くなにかがみつかるはずだ。それが大きな意味での自分の方角で、「おおまかなやりたいこと」となるはずだ。

衝動が自分を教えてくれる

衝動で動くことで自分を知ることができる。ある視点から見るとがむしゃらに、衝動で動いてみているうちに、その結果をどこかで振り返ると、前よりも自分のことがわかっていることに気づくはずだ。

先にやりたいことがわかっていて、そのために行動する、というまっすぐな方法を使える人はいるけれど、それほど多くはない。

「やりたいこと」は「衝動の積み重ね」の先にわかるものなのだ。行動しないと「やりたいこと」はわかりずらい。

行動ができない人は、「あとなにがあったら行動できるか?」と考えてみるといい。さいしょは小さな一歩でいいはずだ。「自分のやりたいこと」を見つけたかったら、一歩でも行動してみよう。

—-

やりたいことを見つけるための支援をしています。
→メンタルトレーニング:自分を知るメニュー

—-

トレーナーをお試ししたい方向けのメニューもございます。
→30分 お試し相談室

—-