Jamais vu

ことばとからだの情報サイトです。カウンセリングレーベル Jamais vu が運営しています。

*

自分探しの旅 は「自分研究」に名称を変えました。

      2017/03/15

surprised01

自分探しの旅。自分探し。そう言われるようになったのはいつからだろう。それだけ自分がわからなくなった人が多いということなのか。そもそも自分探しってなんなのだろうか。自分って探せるものなのか。

自分探しの旅にたいして、「自分なんてそこにいるじゃないか」と笑って批判する人がいる。たしかに自分はそこにいる。一番近くにいる。でもそれでも自分を探したくなる気持ちというのがあるのだ!

ぼくはその気持ちがわかる。「自分」ってなんだ?誰か自分について教えてくれよ!と思っていた時期があった。どこか遠くに行けば自分が見つかるのではないか、自分にぴったりのなにかが見つかるのではないか、と思っていた。

だからぼくは「自分探しの旅」をおかしなものだとは思わない。

ただ、今となっては「自分探し」という名前はどうかと思う。その名前が多くの人を惑わせている。「自分探しの旅」という名前が悪いのだ!

ぼくは「自分探し」を(あまりかっこいい名前ではないのだけど)「自分研究」と言い換えることで、多くの、とくに若い人たちが生きやすくなると思う。

なぜ自分探しの旅をしたくなるのか

そもそも「自分探しの旅」とはなんなのだろう。

自分はここにいる。
それなのに自分のことがつかめない。
自分で動いている感覚がない。

そういう感覚になると自分探しがしたくなる。

意識が外に向きすぎる

自分のことがつかめない感覚は、意識が外側に向きすぎてしまっていると生まれる。

「意識が外側をむく」というのは、外に自分を楽しませてくれるなにかを探すことだ。番組、異性、まんが、広告、ファッション…そういうものたち。

意識にはおおまかに、自分の外部を意識する時間と、自分の身体や感覚を眺める内側の時間がある。その外向きの時間と内向きの時間の比率が、外向きに偏りすぎてしまうと、自分は物理的には自分の中にいるはずなのに、なんだか地に足がつかないような状態におちいる。

意識を外向きにさせる社会

現代は意識が外向きになりやすい時代だ。多くの企業が競争しあって、人々の意識を惹きつけよう惹きつけようとしているからだ。この商品はいいですよ。この番組はおもしろいですよ。刺激的なものが多い。

刺激的なものに囲まれていると、どうしても自分の反応や意識を観察するような内向きの意識を使う時間は少なくなる。

社会的には現代というのは多くの人が自分のことを考えすぎている時代だと言われる。ぼくはそれは違っていると思う。自分をことを感じる時間のない時代だ。自分がどう見えるかはたしかに考えているかもしれない。自己PRや自己ブランディングという言葉が定着しているほどだ。

それは自分とはどのようなものか観る時間ではなく、自分を商品としてどう良く見せるかという意識での時間だ。それはほとんど外向きの意識だとぼくは思う。

自分探しとはなにか。

外側に向き切った意識が、自分をも外側に探そうとしてしまうことを、自分探しの旅と呼ぶのではないか。

意識が外にむく時間と内にむく時間のバランスがくずれ、外に傾いたことで、自分もどこか外側にあるのではないかと考えるようになり、旅に出る。

ぼくは旅に出ることは、近くでも遠くでも「自分を求める人」にとって意味のあることだと思う。

旅は自分を変えてくれる。風景。空気。雰囲気。危険な感じ。人との交流、会話。ライフスタイル。買い物。そういったものたちは、必ず自分に影響を与えてくれる。

今までいた場所とは全く別の場所。そういうところに何日もいることで人は影響をうける。

そういう意味として「自分探しの旅」を考えると、「自分探しの旅」という得たいのしれないものがグッと意味あるものに感じられてくる。

実際「自分探しの旅」に出る人や、出たいとどこかで感じている人たちは、自分を探そうとしているのではなく、なにか新しい経験を求めて、それによって自分を変えることを無意識に求めているのだろう。

それが「自分探し」という名称では、誤解を生む。

自分研究とはなにか。

そこで自分研究に名称変更したい。外にあるものによって自分はどう変わるのか。どう影響されるのかと考えること。

影響されるために旅に出る。そう考えてしまうと旅がどこか味気なくなってしまうので、そこまで考える必要はないけれど、外側になにかを探そうとするのではなくて、自分に自然と入ってくるものが、自分に浸透していくような、そんな感じでいればいいのではないか。

外を観ながらも、自分の身体の状態の変化や身体の感じの変化を観察する内への意識も持っておくと、生きやすくなるはずだ。

どんどん旅に出たらいい。外になにかを探すのではなく、外を自分を変える手段/道具と考えたらたのしい。ぼくは次はシルクロードをのんびり旅したいと思っている。

自分探しから自分研究へ

なにか自分を楽しませてくれるものはないかと外に目をむけている意識。自分はどのような反応をするのだろう、いまこの日常で自分はどのような「感じ」を持っているだろう。そういう意識。

外と内の2つの意識があって、自分探しは「自分を外に」発見しようとする。

自分研究は<外>から入ってくるものも認識しながら、自分の身体や感覚という<内>を観察していこうとする。自分研究に重要なのは身体への意識だ。身体の状態、身体の感じへの意識。

そうやって過ごしているうちに、意識のバランスのようなものがとれるようになるはずだ。自分を探したくなるような感じも、時間はすこしかかるかもしれないけれど解消されていく。

—-

自分を知るためのメンタルトレーニングをしています。
→メンタルトレーニング:自分を知るメニュー

—-

トレーナーをお試ししたい方向けのメニューもございます。
→30分 お試し相談室

—-